始まりの男達

 
 
 開校以来、初めての全科目全問正解を果たしながら、入試科のミスでアナーバー大学への入校が成らなかったため、ジョニーは特に何をするでもなく、新しいシリアルの試食を重ねながら、お気に入りのインディーズバンドの新譜を買ったり、そのスケジュールを調べて、ライブのハシゴを楽しんだり、またハリケーンの来襲に合わせてわざわざ外出を行ったりして、日々に事態の静観を図りながら普通に暮らしていたのです。
 彼はまた此の悲劇に愉快な一面をも見出しており、世間一般の常識に倣う事をよしとはせず、あたふたと事態の収拾を図る当局の観察を楽しみながら、もうすっかりと証拠の隠滅も終わった頃、突如として或る種のチャンスが巡って来た事を確信したのでした。いつの頃からかよく分からないのですが、ジョニーに於いては原因不明な突然の確信に満ち溢れる事がよく起きていたのです。
 すると、ジョニーの思いを後押しするかのように、一人の従兄弟がアコーディオンの販売と修理に関する事業を始めてしまい、そして直ぐに頓挫すると、ジョニー宛に生前贈与契約書を残して所在が不明となったのです。
 随分と教会から遠ざかっていたジョニーも、さすがに今度ばかりは奇跡を信じざるを得なくなりました。思えば、かつてあれ程に打ち込んでいた信仰から、ふとした弾みに導かれるまま何の未練もなく離れてしまい、特に数えた訳ではないのですが、体感的には最後の礼拝からはもう既に1年以上は過ぎているはずであり、世俗の楽しみに現を抜かしながらも、いずれは此のフシダラな生活と決別して本当の生活を、あの輝ける憧れの日々と真実の目標を取り戻す必要性を痛感しながらも、つい先延ばしを重ねるうちに、いつの頃からか本当に信仰を忘れ去ってしまったのです。
 「なんてこった、俺はいったい今まで何をしていたんだ。つまらん大学入試なんぞに夢中になり、無意味な試験勉強に精通する愚を犯し、そのあげくに馬鹿共の手違いで不合格とは。奴等の都合で人生を左右される此の腐りきった社会体制にはもうウンザリだ」
 以前は讃美歌がジョニーのイージーリスニングでありアダルト・コンテンポラリー・ミュージックでした。それなのに今では新進気鋭のインディーロックバンドを結成し、有ろう事かそのリーダーに推薦される程の堕落ぶりなのです。もはや一刻の猶予もありません、身を捨ててジョニーを救わんとした従兄弟の思いに応える為にもこれ以上の先延ばしは許されません。やらなくてはならないのです。
 この機を逃すと、きっと行く末は地獄ばかりの選択肢と成り果てる事でしょう。彼はキッチンの棚に急拵えの祭壇を作ると件の従兄弟の写真を飾り、大声で間違いだらけの賛美歌を歌うと、従兄弟を失踪させた神の御業を褒め称え、感謝の祈りを捧げました。
 何故この素晴らしい思いを忘れる事が出来たのか、神聖極まりない此の信仰から離れる事が出来たのか、ジョニーは自分を許せない思いにいきり立ちました。
 「馬鹿者だ俺は、本当に掛け値なしの大馬鹿者だ」
 さてキッチンという事もあり、空腹を覚えたジョニーはシリアルをかじる事にしましたが、そのシリアルはジョニーが信仰を離れる切っ掛けとなった日、つまりインディーロックバンドの結成した日に買い求めた物であり、彼が長年にわたって贔屓にしているメーカーの物でした。
 賞味期限を確実に切っているはずの古いシリアル独特の風味を楽しんでいると、ふと製造年月日が目に入り、ためしに読んでみると其れは今から三年前の日付けなのです。現実はジョニーが思っていたより、ずっと厳しいものでした。正確に勘定してみると、本当はもう信仰を離れて二年の余にもなる事が分かりジョニーは魂消ました。
 こんなにも長い間に亘って真実の生活から遠ざかり、堕落に取り憑かれた日々を夢中になって繰り返した愚劣に、ジョニーは目の前が真っ暗になり、天が崩れるような衝撃を受けて気が遠くなりました。
 「馬鹿だ俺は、本当の大馬鹿者だ」
 居ても立っても居られなくなったジョニーは、2ブロックしか離れていない教会へ、最後に足を向けたのはいつの頃か思い出せない程の昔ぶりになりますが、とにかく着の身着のままで駆け出したのです。
 「今の俺に必要なのは身も心も砕け散るような激しい懺悔だ。善人共には想像もつかない本当の懺悔を見せてやる」

啓示・壱

 教会に着いたジョニーは教会に気の付く事がなく、そのまま通り越してしまいました。勢いが良すぎた事もありますが、其の余りにも見すぼらしい有り様に教会とは気が付かなかったのです。
 ジョニーは衝撃を受けました。虚栄を厭い、清貧を尊しとするキリスト教会ですから、その外観が質素となるのにある程度理解は出来ます、しかし此の有り様は明らかに理解の範囲を超えています。
 「汚い金をかき集め、同朋や教会への寄付を惜しみ、貧しい者達から更に金を巻き上げる、キリスト教徒に成り済ましたクズ共が元々は神のものである斯の地上の恵みを独り占めにし、其の悪徳の成果とも云える御大層な屋敷を構えくさって恥じる事もなく、かえって人々から称賛されるような有様では、遠からず斯のアメリカと云う国は絶えざるを得ないだろう。救世主が馬小屋に産まれた理由は、貧民の存在を肯定する理論的支柱とする為ではあるまい」自分の事は棚に上げてジョニーは憤りました。
 悲憤慷慨のジョニーがようやく教会への入り口を見つけ、聖水盤へ屈み込むと、胸のポケットからちょうど五枚だけカードが溢れ出して聖水の上に浮かびました。フルハウスです。
 「間違いない、これぞまさに神の御意志である」
 カードを回収し終えたジョニーに突如として原因不明の確信が漲りました。そして此の世に於いて最早恐れるものが何も無い事を確信すると、告解師を求めてジョニーの視線が教会の闇を切り裂いたのです。容赦のないジョニーの視線ですが司祭はおろか関係者の一人も見つける事は出来ませんでした。
 「間違いない、教会もきっとオートメーション化が進んで、この頃では無人の運営に切り替わったんだろ」
 一方、ジョニーの視線を避けて司祭が告解室の陰で冷や汗を流していました。ジョニーはすっかり忘れていましたが、司祭はジョニーの事を忘れてはおらず、それどころかつい昨日の出来事のように鮮明な記憶を(おそらくはこれからもずっと)所持し続けていたのです。
 湾岸戦争帰りのジョニーが懺悔に現れた時、一瞥した司祭を不吉な予感が貫きました。その経歴からも、密かに自負する自己評価に因っても司祭は百戦錬磨のはずであり、死刑囚から大統領まで、懺悔という懺悔をこなし切った其の実力に間違いはなく、新たに赴任したこの程度の教区に司祭を苦しめる要因は存在し得ないはずでした。
 しかしあの日、ジョニーがやって来て司祭に対して怒涛の勢いで捲くし立てたのです。そして其の恐ろしさは司祭を神経衰弱にするほどの衝撃を与えたのでした。教会内部の権力闘争では辣腕を振るい、神の怒りに対する処理でも、巧みな先送りをみせて現状の維持を成し遂げてきた司祭ですが、不意に現れた真実には為す術もなかったのです。
 「そうだろう、あんた、司祭さんよ。先祖伝来の習慣がすっかり俺をダメにしやがった。生活そのものになっていやがる陋習に、子供や赤ん坊が気付くはずもねえ、誰だって親から子へと受け継がれる腐った慣習に沿って成長しちまうんだ。悪習は俺を人並みの悪人にしてくれた、他のアメリカ人と同じようにな。つまりアメリカ人という奴は最初から極悪人なんだよ、ただ周りも全て悪人だから誰も疑問に思いやがらねえ。神の教えとは我々の心に根を張る陋習の打破でもあったはずだ、そうじゃねえか、司祭さんよ。ところがどっこい、現実にはキリスト教それ自体が全ての陋習の元締めときたもんだ。お陰で俺は戦争に駆り出され、罪もない善良な人々の惨殺に手を貸す事になっちまった。今のキリスト教では、正に信じる者ほど救われねえのが現実よ。太陽の光は万物万象に全て平等に降り注ぐ、御教えが正しければキリスト教徒だけを照らす太陽があってもいいはずだが、そんなものはねえ。父なる神なら子の不幸を望むはずもねえだろうが、そうじゃねえか。人類最大の不幸である戦争を肯定する神なんざ居るはずもねえ、そうじゃねえか。そんなものが居るとしたら其れは神を騙る悪魔だ。そうじゃねえか、司祭さんよ。つまりアメリカ人は建国以来ずうっと悪魔を信仰してるんだ」
 音がして我に返った司祭がこわごわ陰から覗いてみると、ちょうどジョニーが教会から出て行く所でした。ジョニーの開けた扉から神々しい光が教会に差し込みますが、それは教会の中にはない光です。扉が閉まり元の暗闇に戻ると、こんな陰気な場所に居る自分自身に驚いた司祭ですが、暫らくは無理矢理に自分の心を押さえ付け、今の驚きはキリスト教徒としてあるまじき思い、間違った思いであることを自分自身に言い聞かせ、落ち着きを取り戻すまでじっとしておりました。
 やがていつもの感覚がよみがえり、すっかり自分自身を支配してしまうと、ようやく安心して通常業務に戻る事ができたのです。
 「やっぱりあれだな、昔ながらの牧師の人力に頼って営業している教会も探せば何処かにあるだろ」探す当てを考えていたジョニーはいつの間にか人気のない午後の公園に差し掛かっていたのです。
 その男は無人の公園のベンチに唯一人で座り、脇に大量のプランターズの缶を積み上げ、盛んに十字を切るその様子から、この白昼に於いて実に堂々たる態度を以て、神に対する感謝の祈りを奉げているのは明白でした。
 やがて缶を開けると気前よく豆を蒔いて公園内の鳩を集め、鳩が安心するまで身動き一つせずベンチに気配を隠すと、鳥達が夢中になる頃合いを待って突然の歓声を上げて立ち上がり、驚いて逃げ惑う鳩を思う存分に走り回って、手を振り奇声を上げて追い回し、やがて全てのハトを散らしてしまうと、その後は暫らくベンチに腰掛けて気息を整え、やがてまた十字を切ると缶を開けて鳩を集めているのです。
 男は見掛けによらず健脚でした。教会帰りでもあり、篤信家の信心ぶりに感銘を受けたジョニーは、暫らく足を止めて一連の様子を繰り返し眺めていましたが、立ち尽くす内に夢を見ました。

啓示・弐

 轟音と咆哮、焚き火に浮かび上がる暗闇は焦げた松脂の白煙が吹き抜け、ジョニーの咽喉を焼き、血を吐かせます。白煙の中から下層大衆向けにアジ演説を一席ぶっている声が流れ、扇動者達が髑髏や蛇の旗を振りまわしながら聖書の重要性を声高に叫ぶと、漆黒の野獣が紅い目を燃やす夜に唯一人全裸となったジョニーが、人々の評判にすっかり増長したスモウレスラーの前に立ち塞がり、いつ果てるとも知れぬ闘いを挑むのです。
 「何故だ」キリン、キリン、その音は銀のワイヤーとなって暗闇を切り裂き、ジョニーの耳の奥へ突き刺さります。そして、そのまま中へ潜り込むと今度は鋭くしなりながら自由自在に頭の中を切り刻むのです。
 「何故だ」謂れ無き理不尽な激痛に憤る間も与えず、其の音は荒れ狂い、次から次へとジョニーの中に送り込まれ、のた打ち回ります。一体いつまでこうして居なければならないのか、果てしなく自問するうちにジョニーは叫びます。
 「何故だ」そしてある時、素晴らしい激痛に恍惚となると、樫を削って仕上げた棒から完全なタイミングで力を抜き、唯一無二の機会を捉えてドラムへ振り下ろすのです。
 気が付くと焚火の前には男が一人居り、ジョニーの叩くドラムに合わせて音を鳴らし、耳障りな唸り声を辺りに撒き散らしています。暗闇には如何なる気配も感じられず、二人だけの世界と成り果てています。
 「そうだ、此処なのだ、いつもいつも数え切れぬほど此処で演奏しているのだ。暗闇に焚火が照らすあの男と二人で、果てしない過去から叩き続け、鳴らし続けているのだ。なぜ此処へ来てしまうのか、どうやって来るのかは分からない。しかしいつも必ず来てしまうのだ」
ー親父、もう泣くなー
 「そうだ、俺はこの男の父親なのだ、奇妙な楽器を動物の骨で鳴らす、まだ顔も見た事のない男の親なのだ。誰もいない夜に唯一人、山羊の皮を張った小さなリクを幾つも並べ、運命の命ずるリズムを叩く、すると男は魔法のように現れる。男も又、導かれたのだ。俺と同じなのだ。其れも此れも今日で全てが終わる。夜明けが迫り、俺達は間に合わなかった、だから泣いていたのだ」
 男の呻きと共に楽の音が止み、そして此の世界に初めて夜明けの光が差し込みます。遠くの方が少し白くなると、もう全てが明らかになる朝日が広大な全景を明らかにしたのです。
 すると直ぐ傍の暗闇から一人の男が忽然と現れました。
 「そうだ、この男だ、最初は三人で始めたはずなのに途中から姿が見えなくなり、それぎり忘れていたが、ずっと我々の側に居り、身を潜めていたのだ」
 何処か遠い空から微かな鳥の声が青や紫の山々を次々と木霊し、途中の渓谷で増幅されると克明にジョニー達の耳元で再現されました。それは膨大な年月をかけて継続されたジョニー達すべての演奏よりも遥かに素晴しく美しいのは明白であり、分かり切っていた事でした。
 「何故だ」
 「何故ってお前、さんざん言ったはずだろ、俺達にはボーカルがいないって。だからあの鳥にやられちまったんだ」隠れて居た男は手を振り回しながら喚きました。

 ジョニーの目を覚ましたのはハトを追いかけていた男でした。
 「あなたもやってみたいのでしょう、当然であり無理からぬ事です。よろしい私も協力は惜しみません、気が済むまでお付き合いしましょう」眼を覚ましたジョニーは何も覚えておらず、少しの間ぼうっとしていた位に考えました。とりあえず、ジョニーはポケットに常備するワイルドターキーの安物を男に勧めました。
 男は一息に飲み干すと「貴方は心掛けがよろしい、信仰の素質がおありになる」次に腰へ手をやるとベルトからコルトの45口径を引き抜き、ジョニーへ差し出しました。よく見るとそれは45口径ではなく、同じような物でしたが、クリスチャンブラザーズブランデーの一番ひどいヤツなのです。
 「あんたとは趣味が合いそうだ」ジョニーはもう片方のポケットからヘブンヒルバーボンを取り出して男へ渡すと、十字を切ってブランデーを一息に飲み干しました。
 男の方もバーボンを干すのに苦労する様子は全く見られません。
 「どうです鳥を追うのは今度にして、教会でも行こうじゃありませんか」男は鳩に勧めたプランターズをジョニーに勧めながら話しかけます。
 「そりゃあ、何処かによい穴場があれば是非にも行ってみたいが、司祭がポンコツロボットだったり、オートメーション化が進んだ所は困る」
 「大丈夫、心配はいりません。其処の司祭は聖霊による御告げを受けていますし、担当の教区内では奇跡も披露しているんです」
 「マジシャンが統合失調症を発症している可能性は?」
 「それならそれで本物の奇跡より素晴しいでしょうし、どちらにしても行って損はないでしょう」

啓示・参

 日曜でもないのに教会には人が居り、四人程の信者と思しき者達とこれまた司祭と思しき者が熱を帯びたやり取りの最中でした。
ー司祭ー「わが子ジム・グッドウィンよ、あなたは私の言うことを信じますか」
ジム・グッドウィン「信じます」
ー司祭ー「わが子マーチン・レベルスキーよ、あなたは私の言うとおりに如何なる事でも行いますか」
マーチン・レベルスキー「やります」
ー司祭ー「わが子ジェズ・ウィリアムとアンディ・ウィリアムの兄弟よ、あなたがた二人はいつ如何なる時も私の言を信じ、その命じるところ全うしますか」
ウィリアム兄弟「何もかも、司祭様の仰せの通りに致します」
ー司祭ー「分かりました。あなた方四人は、今すぐ通りに飛び出して、人を五千人殺しなさい」
 司祭のこの言を聞いた彼等四人は必然大動揺を来たし、激しく司祭を非難するのでした。
 「平均すると一人当たり千二百五十人を殺さなくてはなりません。そんなことは出来ません」
 ジム・グッドウィンと呼ばれた男が皆を代表して返答しました。
ー司祭ー「あなた方は今、何でも言うことを聞くし、何でもやると言ったではないか」
ジム・グッドウィン「あまりに以外、想定外のお言葉でした」
ー司祭ー「この世で起こる事は全て想定外の事である。それなら皆さん方は一体全体に何人なら殺せるのですか」
ジム・グッドウィン「唯の一人も」
ー司祭ー「今ここに、あなた方の親兄弟をさんざん苦しめた上で、惨殺した者がいるとします。その者ならどうか」
ジム・グッドウィン「殺せるかもしれません、いや殺してしまうかもしれません」
ー司祭ー「憎い者なら殺せるのですか、あなた方にとって憎い者でも、他の者にとってはどうでしょうか、そして、神にとって憎い人間などいるでしょうか」
ジム・グッドウィン「人として許せぬ者かと」
ー司祭ー「あなた方にとってはそうでしょうが、他の人々にとってはどうでしょう。そして神にとって許せぬ人間などいるでしょうか。それなのに、あなた方は憎しみにまかせて殺してしまう。よく聞きなさい、あなた方が人を殺せないのは、あなた方の心が善であるから殺さないのではなく、殺すという機会にめぐり会っていないから殺さないに過ぎないのです。今の皆さん方なら殺したくなくても、殺さなければならない機会に遭遇すると簡単に人を殺すでしょう。そしてそれは、何も皆さん方に限った事ではありません。我々カソリック教徒も、自分達の都合で、過去に幾度となく邪教・異端の名のもとに、善良な人々に対して虐殺を繰り返してきたのです」
 「それはつまり、カソリック教徒であるなら、いかなる殺人も罪にはならないという事ですか」
 ジム・グッドウィンが思わず質問しました。
ー司祭ー「以前はそうでしたが、今は違います。それは時代と共に都合よく変化してきたのです」
ジム・グッドウィン「人として成さねばならぬ事と、人として許されぬ事とは、いつの時代に於いても不変であるはずですし、また其れが神の教えというものではないでしょうか。司祭様の言われる通りに、カソリックの教えが時代や社会の情勢に応じて、都合よく変わってきたのなら、その教えというものは果たして神の教えといえるでしょうか」
ー司祭ー「それは人の教えです。しかも悪魔に魂を売った大罪人の教えといえるでしょう」
ジム・グッドウィン「ならばカソリックの神とは神といえるのでしょうか」
ー司祭ー「カソリックの神とは特定の人々の利益を図るため、人の知恵が作り出したものであり、神とは何の関係もありません」
 すると、今まで沈黙を守ってきたマーチン・レベルスキーと呼ばれた男が突如として口を開きました。
マーチン・レベルスキー「三日ほど前に仕事をしたのですが、その成果を教会へ捧げるべきかどうか、決めかねております」
ー司祭ー「どのような仕事をなさいましたか」
マーチン・レベルスキー「献金泥棒です。プロテスタントの教会へ信者のふりをして入り込み、チャリティーの売り上げと献金を全て盗んできたのです。全部で五十二万ドルほどありました」
ー司祭ー「それなら、二万ドルはあなたのものとして取っておきなさい。残りの五十万ドルは当教会のものとしましょう。あなたの信仰心に対してそれくらいの報酬は当然といえるからです」
ジム・グッドウィン「再びお尋ねする事をお許しください、献金泥棒は罪にはならないのでしょうか」
ー司祭ー「罪ではありません」
ジム・グッドウィン「私もこれまで随分と窃盗を行いましたが、特にウォルマートはよく通い、よく盗みました」
ー司祭ー「ですから神が造り給うた人間の行為に邪悪な行いというものは何もなく、特に盗みは決して悪い事ではありません。わが子ジム・グッドウィンがウォルマートから度々盗んだのは人として当然の行いであり、街中の店頭に堂々と陳列された、盗んでくれと言わんばかりに並んだ商品の数々には、盗む人間の事を思いやった、ウォルマートを経営者する人々の明らかな善意が現れている訳ですから、それに応える事は人として当然の義務といえます」
ジム・グッドウィン「しかし司祭様、やはり本来なら働いて手に入れるべき事の様に思えるのですが」
 それに対して司祭は優しく諭すのでした。
ー司祭ー「わが子よ、勘違いをしてはいけません。それは止むを得えない場合にのみ許される行為であり、真のアメリカ人が行うべき行為ではありません。盗んで手に入れた物は、働いて手に入れた物より遥かに尊いものなのです。誤ってはいけません」
 どうやら、彼等一巻きの信者達は闖入者に感銘を与えたようです。
 「嘘をつかないだけ、他のカソリックよりはまともじゃないか」一部始終を聞いたジョニーは鳩に豆を撒いていた男に話しかけますが、男は感激の余り涙ぐんでおりました。
 「アレルヤ、アレルヤ、彼等に嘘はありません。嘘という概念すらないのです。ただひたすら自分に忠実、事実に対して忠実なのです。虚飾は一切ありません。最も純粋なアメリカ人なのです。彼等こそ今世紀の無原罪懐胎といっても差し支えないでしょう」
 「しかしよ兄弟、随分とさばけた教会じゃねえか、ざっくばらんでよ。さっきの無人オートメーション教会に比べると同じカソリックとは思えねえわな。それによ男同士で無原罪懐胎は無理があるんじゃねえか、気持ちは分かるけどよ」
 「なるほど私と会う前に、貴方はもう既に別の教会へ行っておられた訳ですな。教会のハシゴをするとはキリスト教徒の鑑といえましょう」
 「ところで兄弟、向こうの四人とは知り合いなのか?俺はジョニー、ジョニー・アンドリュー」
 「これはご丁寧な挨拶、痛み入ります。私はベイズ・ボズと申しまして医者をやっております。ボズと呼んで下すって結構です」
 「あれだろボズ、牛や豚なんか診察するヤツだろ」
 「人間も診ますよ、向こうの四人は年来の患者なのです」
 一方では司祭によって鳩と木星と母乳育児の関係が明らかにされており、解明された神秘の一端は男達を感激させ、司祭の勧める免罪符や不思議のメダイ、そしてメシアの使用済みサンダル等、教会おすすめグッズの購入意欲を盛んに刺激するのです。

啓示・肆

 六人の男達はもう十年の知己の様に馴染み切っています。司祭に別れを告げた後、彼等は徒党を組んで通りに繰り出し、医者が鳩を追い回した公園に現れました。
 「マーチンお前、この野郎、馬鹿正直に五十万ドルもふんだくられやがって、二万ぽっちでこれからどうするつもりよ」
 「俺の目を見ろジム、もう其れ以上は何にも言うな。本当は百五十二万ドルくすねたんだ、教会に五十万払っても百万は残る」
 「貯め込んでやがったな、新教徒の奴等」
 「奴等は万人司祭主義とか抜かしてんだろ、全ての信徒は司祭でもあるとかいう奇説をよ。俺達が司祭になる信仰ってことだぜ、自分達が狂っている事に気が付かねえのかな」
 「あれだな、そのうちマーチンあたりに大統領になれとか言い出すんじゃねえの」
 「かもな」
 「でもよ、案外アメリカの大統領ってな、そんな風に決まってんじゃねえのかな」

[To Be Continued]